02 堕ちゆく青い光に

気がつけば、闇の中だった。
ここがどこかもわからず、いつのまにか自分はただ彷徨っていた。
立っているのかさえわからないあやふやな感覚が自分の身体を支配する中、次第に精神が疲弊していく。
一寸先は闇で何も見えない。
自分の身体さえ、そこにあるかどうかわからない。
手足を動かしても、本当に動いているのかすらわからない。
いや、そもそも手足が本当に存在しているのかさえ知覚出来ない。
永遠に続くかのように織り編まれた闇が、自分を嘲笑っているようにさえ思えてくる。
そして、しだいに見えてくる、この闇の意図、この闇の悪意。
しだいに形作られるあの光景。
あの忌まわしき過去のビジョン。
巡る光の嵐。
心を侵食する闇の意図。
だが、それを知覚した時、心に浮かんだのはただ怒りだけだった。
「なんなの…なんなのよ、これ!!」

ありえない。

ただ、その言葉を何度も反復する。

ありえない、ありえない、ありえない、ありえない、ありえない、ありえない、ありえない、ありえない、ありえない、ありえない、ありえない、ありえない、ありえない、ありえない、ありえない、ありえない、ありえない、ありえない、ありえない、ありえない、ありえない、ありえない、ありえない、ありえない!
こんな、現実はありえない!

これは虚像。
これは虚偽。
これは最悪のペテン。

こんなものに飲み込まれるものか。
こんなものに飲み込まれてたまるものか――――!!!

「消えろ…!」
怒りを胸に、叫ぶ。
「消えろっ!二度と、二度と私にそんなものを見せるなぁぁ!」
最後の叫びは悲鳴に近かった。
それでも、叫んだ。
力の限り、意志の限り。
それを拒絶するために。
それを自分の中から遮断するために。

そうでなければ、自分は――――!

《なるほど。意思は、強いか》
突然、『闇』が言葉を発した。
それに、一瞬体が強張る。
だが、すぐにそれが闇の声ではないことに気付く。
声は、闇よりもその奥深く。
深遠の中に漂う、底見えぬ虚空より発せられたもの。
《ふむ…資格は十分だな》
虚空が、笑ったのがわかった。
表情など何もない。
声にも抑揚がない。
それでも、わかる。
この虚空は、喜んでいる。
何に対してかは知らない。
知ることさえ出来ない。
それでも、わかるのだ。
この虚空が、歓喜の声をあげているということが。
「…あんたは、誰?」
喉の奥から、やっとのことで絞り出した声は、小さかった。
小さくて、今にも消えそうだった。
あの虚空にさえ、伝わるかどうかすらわからぬものだった。
だが、虚空はその問いに答えた。
《私は、お前を識るもの。そして、お前の識らぬものだ》
それは、答えになっていない。
そう、言おうとしたときだった。
闇が、ぐにゃりと歪む。
《さぁ、行くがいい。お前が呼ばれる場所へ。お前が必要とされる場所へ》

声が、だんだん遠ざかっていく。

待って。
まだ、私はわかっていない。
私はまだ、理解していない――――
《退屈していたのだろう?なら、よい退屈しのぎにはなるだろうよ。ただ…》
声が、またしても笑う。
だが、闇に、意識が飲み込まれて――――
《単なる退屈しのぎで終わることはないだろうがね》
完全に、暗転。








『彼女』の存在が何処かへと消え、何者も存在しなくなったその闇の中で虚空はなおも笑い続ける。
まるで、道化のように。

《苦悩の果てに怠惰へと堕ちた哀れな、哀れな魂よ。存分に楽しむがいい。笑うがいい。苦しむがいい。涙を流すがいい。悲鳴を上げるがいい。その全てが、私を癒し、そしてまたお前を癒す。それは渇きを識る者にとって、甘美な蜜であり、毒でもあるのだから。…さあ、お前は何を紡ぐ?どんな物語を紡ぐ?どんな世界を築き上げる?見せてもらうよ。お前のその力、その意思を。お前が何を得、何を失うかを。私は、見せてもらうよ―――》

虚空は、笑い続ける。
『彼女』の紡ぐ『物語』の頁を繰りながら、ただ笑い続ける。


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