10 魔女の指輪

ライテッシャに手を引かれ、歩くこと数分。
王城から離れ外に出てから、綺麗に組まれた石畳の道を歩いていたが何かおかしいことに青華は気付く。
歩くごとに道が荒れているほうへと向かっているのがわかる。
石畳の間から雑草が芽を出していたり、石自体が割れて道が崩れているところも見受けられる。
また、周りに緑がどんどん増えていき、あたりは鬱蒼としていた。
そしてそれは進むごとに顕著になっていく。
正直何処に連れて行かれるのか、青華は非常に不安だった。
「…ついたよ」
ライテッシャがそういって、足を止めた。
目の前を見ると、白い石で組まれた一つの家が佇んでいた。
周りにはジャングルの如く、木々や雑草に囲まれた家だった。
家を構成する白い石には苔がこびりつき、家の玄関口であったと思われる扉は壊れて風に揺られてきぃきぃと音を立てていた。
この家が長く手入れされていないことは一目瞭然だった。
人が住んでいる様子もない。
こんな場所に、ライテッシャは何の用があるというのか。
ライテッシャは無言のまま、再び手を引いた。
彼のもう一方の手が、壊れた扉を押す。
耳障りな音がして、扉が開いた。
開いた扉から覗いたその家の室内は、昼だというのに暗かった。

「ここは、僕の母上が使っていた場所なんだ」
そう言ってライテッシャは家の中に青華を招き入れた。
家の中に入ると、やはり薄暗かった。
長く手入れされていないのだろう。
歩くたびに埃が舞い上がり、室内は黴臭かった。
昔は使われていたのであろう調度品の数々も壊れていた。
だが、ライテッシャがこの家を見る目は、優しかった。
一つ一つの部屋を愛おしそうに見つめている。

埃が積もった竈や鍋の置いてあった台所。
壊れた椅子とテーブルが乱雑に散らばるダイニング。
足の壊れた大きな寝台が設置された寝室。
絡み合った糸と糸がそのままにされた機織機がぽつんと置いてある部屋。

どの部屋も王城の一室と比べると狭いといわざるを得ない広さだった。
だが、それでもライテッシャにとっては思い出深い場所なのだろう。
そして…母親が使っていたと思えばなおさらだ。
「二年前…母上が亡くなるまで僕はここにいたんだ。王城みたいに広い場所ってわけじゃないけど、僕や母上にとってはこれで十分だった」
ライテッシャは、糸が絡まりあった機織機に触れた。
触れた途端に埃が舞い上がる。
「いつも母上はここで機を織ってた。料理とかも全部自分でやっててね…近くに畑も作って自分で耕してたし、海に面した裏庭に釣堀を作って魚もよく釣ってたな。鶏とか家畜もたくさん飼ってたし…。まぁ、思えば妾とはいえ王の妃らしくない人だったんだ」
ライテッシャは苦笑しながら話を続ける。
だが、その目は生き生きと輝いていた。
いつものライテッシャとは思えないくらい、母親のことを話す彼の顔は輝いている。

「なんたって人間自給自足が基本!とか言ってる人だったしね。父上も母上の為す事に関して苦い顔をしてたし。それに…上流階級の人なんかにとっては、そういう母上の行動は目障りでもあったみたいだった。まぁ、母上が魔女だったってのも関係してるんだろうけど」

「…魔女?」

ふと、聞きなれない言葉を耳にした。
魔女、とは何だろう?
その質問をすると、ライテッシャはまた苦笑した。
「魔女っていうのは…ただの人にはない、異能…ていえばいいのかな?風や水を、自らの意思で扱える人のことだよ。世界に何人もいる存在じゃないけれど、母上は間違いなく魔女だった。母上は水を操れたから」
そう言って、ライテッシャは手招きした。
こっちへ来いということらしい。
機織機があった部屋を抜けて廊下に出ると、一番奥から光が漏れていた。
ライテッシャはその一番奥へと向かっていた。
青華は慌ててその後を追って一番奥へ向かい、その先にあったアーチ型の出口を抜けると―――
いきなり、光が溢れた。

「…っ」
薄暗いところから出た反動か。光が眩しくて、青華は反射的に目を閉じた。
「アーリ、ここだよ。ここが―――僕が見せたかったものなんだ」
ライテッシャの声が聞こえた。
閉じた目を、ゆっくりと開けていく。

目の前に見えたのは、一面の碧。
そして、その海を覆う―――水色の花の蕾だった。


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