それは海を覆うぐらいに多い。 そして、光が水に乱反射して花の蕾が煌く様は、この世のものとは思えないくらい綺麗で。 我知らず、その光景に見入ってしまう。 「これが、君の名前の由来…《青き花(アウリフィカ)》の蕾だよ」 ライテッシャもまたその花を見つめながら言葉を放った。 「これが…《青き花(アウリフィカ)》」 これが、、青華のこの世界での名前の由来になった花。 その蕾は大人の拳大ほどの大きさがあったが、何故か清楚な雰囲気を持った花だった。 薄い水色の花弁は、まだ色付いて間もないのだろう。 中にはまだ白っぽい蕾もあるが、それもまた別の美しさがある。 逆に早く色付いたのだろう、青みの強い蕾もあった。 それぞれ微妙に色合いの違う蕾が、碧の海を美しく彩っている。 「この花はね、この国…リテリールの碧海にしか咲かない花なんだ。しかもね、不思議な曰くがあって…ほとんどの花が『建国祭』の夜にならないと花を開かないんだよ」 建国祭。 それは、数週間後に行われるこの国の祭りだ。 なんでも、この国の初代国王が王位に就いた日だという。 「まあ、何でかはよくわからないんだけどね。シャイラーテアのご加護故だ、っていう説もあるし…。でも、この国にとってアウリフィカはなくてはならないほど特別な花。この国では誰もの隣人として、建国以来存在している花だ。だから、僕は君の名を『アウリフィカ』に決めた」 海辺に強い風が吹いた。 花の蕾が大きく揺れ、ライテッシャの髪が大きく乱れる。 そして、その髪の合間から覗く、ライテッシャの真摯な瞳。 この時から、何か予感していた。その瞳に隠された、彼の願い。 未だに知れぬ…その本心。 「ねぇ、ライテッシャ。…聞きたいことがあるわ」 青華の今ここにある疑問。 何故、彼は女神の使徒を求めたのか。 何故、彼は…自分を求めたのか。 その答えを、まだ青華は聞いていなかった。 「何故、あなたは私を女神の使徒として求めたの」 疑問は、意外にするりと口から出た。 あれだけ求めていたのに、彼は今まではぐらかしていた。 時間はいくらでもあった。 だが、彼は答えなかったのだ、今の今まで。 求めたはずの青華に、答えをくれなかった。 ライテッシャは困ったように苦笑した。 だが、その表情は今まではぐらかしてきた時のものとは違う。 その真摯な瞳に、全ての答えがある。 「…大切なものを、無くしてしまったんだ」 そう言って、ライテッシャは右手の甲をこちらに見せた。 その右手の薬指には、彼の手には不釣合いの大きな指輪が嵌っている。 だが、青華はその指輪に違和感を持つ。 在るはずのものがないような、そんな違和感を。 そして、その疑問の答えはすぐにわかった。 ないのだ。 中央の窪んだ場所―――その場所に在るべきはずのものがない。 本当は宝石か何かが嵌っていたのだろう。 だが、そこには窪んだ台座があるだけだ。 銀色の美しい装飾が施された指輪は、不完全だった。 「この指輪は、母上が残した形見だったんだけど、いつの間にか台座の宝石がなくなってしまった。ずっと探しているんだけど見つからない」 そう言ってライテッシャは指輪をはずした。 彼の手の中に、ころんと指輪が転がる。 「けど、問題はそこじゃないんだ」 ライテッシャが指輪をこちらに向ける。 その表情は何故か厳しかった。 「母上が魔女だって言うのはさっき言ったよね」 「ええ。水を操れた…っていってたわよね」 水を操る魔女。 ライテッシャは先程そう告げた。 「母上は魔女の中でも本当に強い力を持っていた人だった。それこそ、国一つを飲み込んでしまうくらい大きな津波を消してしまったこともあるほどだったんだ」 そういってライテッシャは目を閉じた。 そして、何かを呟く。 それはか細い声で、青華には聞こえなかった。 だが、次の瞬間、周りの景色が変わる。 「…何?」 ライテッシャの持っていた指輪が、ぼぅ…と光った瞬間に海辺の水が逆立ったのだ。 そして、そこに出現する水柱。 それは高さにすれば2メートルにも満たない。 だが、青華にとってそれは異常であるとしか認識できない。 青華が今まで培ってきた常識の中では、水が何もなしに逆立つことなどありえないのだ。 「これが、母上の形見…魔女の遺産としての力。水を意のままに操ることのできる力だ」 ライテッシャが言葉を紡いだ瞬間、水柱は崩れて地に落ちた。 ばしゃんと、大きな音がして水が飛び散る。 その瞬間、ライテッシャは地面に膝をついた。 「ライテッシャ!?」 ライテッシャの様子に、慌てて青華はすぐに側へと駆け寄った。 心なしか、息も荒くなっている。 「大丈夫。指輪の力を引き出して、ただ疲れただけだから…。でも」 ライテッシャは台座だけの指輪に視線を移す。 「台座だけでもこれだけの力を持ってる。その中心の宝石になればもっと強い力を持ってるんだ…。その力が、悪用でもされたら」 指輪はまだほのかに光っていた。 淡く白い光。 優しくて温かい光だと感じたけれど…青華が同時に感じたのは、指輪への恐怖だった。 通常ありえないことを起こしてしまう、その秘められた力。 それは十分凶器になりうる。 人を傷つけてしまうものになってしまう。 ライテッシャが何故あれほどに女神の使徒を求めていたのか―――青華は少しわかった気がした。 彼の母は、巨大な津波を消したことさえあるといった。 しかし、それは裏を返せば巨大な津波を発生させることとてできるということだ。 そして、その力がもし悪用されてしまったら? 実際に国を巻き込むような大きなものに発展しまったとしたら? それを止めることは、常人には不可能だ。 ならば、常人には持ち得ない力を持った者―――それこそ、魔女や女神の使徒といった存在を求めるしかない。 「…アーリ」 ライテッシャが、指輪を差し出した。 そして、告げる。 「どうか、女神の使徒として…この指輪の宝石を探し出して。この指輪が悪用されることを、防いで…!」 その言葉で。 その意思で。 彼は告げる。 その願いを。 切なる想いと共に。 正直、青華自分が大それた力を持っていないことくらい、分かりきっていた。 女神の使徒といわれた所で、自分がそんなに大層な存在とも思えなかった。 ここにいるのは、小娘一人。 何の力もない、ただの小娘がいるだけ。 けれど、青華の目の前には一人の少年がいた。 青華を頼り、求めてくれた少年がいる。 だから…青華は決めた。 自分は、何の力もないただの小娘だけど。 自分の力が及ぶところまでなら、彼の力になれるから。 青華は、この目の前の少年の力になろうと そう、決意した。 |