ライテッシャの母親の形見を探す。 「とはいっても、なかなか難しいわよ…」 大きくため息をついて青華はうなだれる。 ライテッシャの願いを聞いて、既に3日経過していた。 掃除にかこつけて城内を探せるだけ探したが手がかりはほとんどない。 また、新入りで下っ端の青華が入り込める場所などたかがしれており、探そうにも入り込める場所自体が少ない。 同僚にもそれとなく探りを入れてみたが、目撃情報も皆無だ。 そもそも子供の小指の爪ほどしかない宝石をこの広い城内でどう探せというのか。 青華は頭が痛くなった。 「…安請け合いしすぎたなぁ」 頼まれた内容自体が難しすぎた 。なんの力も持たない自分では失せ物ひとつさえ見つけられない。 それが青華には歯がゆかった。 青華がこの世界に来て、もう2週間。 ライテッシャの、頼りになるはずだったのに。 あれだけ、彼のために役に立とうと決意したはずなのに。 結局、自分にできることはないに等しいのか。 青華は何度目になるか分からないため息をついて、一人廊下を歩く。 白い石が組まれて出来た廊下は、丁度真昼を過ぎて傾いてきた日の光を受けて、平行して並ぶ柱の影を写していた。 ここの気候は、日本で言うなら初夏の色を色濃く持っている。 青華がエンディカに聞いた話だと、祭りのあるこの時期を境に、もっと暑くなってくるのだそうだ。 今でも十分暑い、と思う青華にとっては、このことも頭が痛くなる要因の一つだった。 青華が回廊を歩いていくと、やがて中庭に出る。 太陽の光がいっぱいに入ってくるように、上になるにつれ広がりを持つように設計されたその場所は、中央に小さな泉がある。 四角く石が組まれ、整備された泉の中央からは湧き水が流れ出し、未だ固くその花弁を結んだ『青き花(アウリフィカ)』の蕾がいくつか浮かんでいた。 周りには、小さな木ながらも立派な幹の木々が植わっており、その枝にたくさんの葉をつけて、所々に影を作っている。 いつもは侍女たちが休憩がてらおしゃべりにふける場所だったが、今は誰もいない。 青華は、いつもとはうって変わって静かな中庭を進むと、丁度木陰になっている泉の石組みに腰を落ち着けた。 とりあえず、磨り減った神経を休ませなければならない。 心身ともに疲れきった状態では、見つけるものも見つけられない。 それに、変に弱気な考えを巡らせていること、それ事態が自分の弱った状態を表している。 頼まれたことは非常に難しく、困難だ。だが、それでも成し遂げなければならない。ライテッシャのためにも。 青華は、それこそ何の力ももたない自分がこの世界に来た意味だと考えたかった。 「…少し休憩して、気合を入れなおそう」 悩んでいたところで始まりはしないのだから、とにかく動かなければ。 そうしなければ、何も変わりはしない。 諦めるにしても、それは自分ができることをとにかく全部やってからだ。 青華はもう一度心の中で決意すると、両手を強く握り、小さくガッツポーズをする。 しかし、予想以上に足腰がつらかったため、もう少しだけ休憩していくことにした。 考えてみると、青華はまだ今日は休憩を取っていなかった。 ふと、泉の水面に浮かぶ《青き花(アウリフィカ)》に目がいく。 建国祭を間近に控え、どの蕾も以前見たものより青く色付いている。 まだ水色のものもあるが、それも徐々に青く染まっていっていた。 建国祭の日にならなければ咲かない、不思議な《青き花(アウリフィカ)》。 青華はまだ、その開花した姿を見たことがない。 ライテッシャ曰く、何枚もの花弁が重なりあった大きな花が咲き誇るのだそうだ。 《青き花(アウリフィカ)》が多い年になると、エメラルドグリーンの碧海を真っ青に染めてしまうほど、多くの花が咲くのだという。 自分の名前と同じ意味を持つ《青き花(アウリフィカ)》の開花を、いつからか青華は心待ちにしていた。 まだ、青華はその本当の姿を見ていない。 青華ははやくその姿を見てみたかった。 どんなに綺麗な花が咲くのだろう? どんなに大きな花が咲くのだろう? 最近では、期待が膨らむばかりだ。 無事に、建国祭の日に咲いてくれますように――― 青華はそう願いをこめて、水面に浮かぶ《青き花(アウリフィカ)》の蕾に、そっと触れた。 その時、だった。 「え?」 蕾に触れた指先に、淡い燐光が灯る。 それは、一瞬のことで。でも、見間違いではなくて。 呆然としている青華の目の前で、更なる変化が訪れる。 燐光を受けた《青き花(アウリフィカ)》の蕾の花弁が、固く結ばれた紐が解けるように、開花していく。 青華がその変化に目を見張った時には、既に目の前には《青き花(アウリフィカ)》が存在していた。 木漏れ日を受けた花弁は青く煌き、花全体が淡い光を放っているかのように見える。 十数の花弁が一斉に花開いた姿は、蓮の様。 だが、蓮よりも少し大きく、その花弁は薔薇の艶やかな花弁のようだった。 花開いた姿はまさに大輪というべき、見事なものだ。 「綺麗…」 青華は、目の前で起こった現象に驚いていたことすら忘れ、目の前の花に見入った。 泉の中で一輪だけ咲いた花は、それは見事なもので、青華が今まで見たことがないくらいに美しかった。 だから、彼女は気づかなかったのだ。 その光景を見た者が、他にいたことに。 |