フィラカスースとのお茶会から数日後。 「見つからないわね…」 「うん…」 相変わらず指輪の宝石は見つかる気配すらない。 城の中庭で、青華とライテッシャは、同時にため息をついた。 青華はライテッシャの様子が暗いことに気づく。 今日も青華に指輪探しを提案してきたのは、ライテッシャだった。 だが、探している途中も今も、ずっとそわそわしていて、何故か落ち着きがない。 まるで、他の何かを気にしているような、そんな様子で。 「今日は何か落ち着きがないけど、どうしたの?何か、あった?」 唐突にそう聞くと、ライテッシャはびっくりしたように、青華を見つめた。 どうやら、自分でそわそわしていたことに気づいていなかったらしい。 だが、青華に聞かれたライテッシャは、ぽつりぽつりと、その落ち着きの無い理由を語りだす。 「兄上が、また調子を崩されたらしいんだ。この前は、あんなに元気だったのに……いや」 そういって、ライテッシャは首を横に振る。 「元気な日なんて、もうほとんどない」 その話は、下っ端の青華でも聞き及んでいた。 数年前からライテッシャの兄、フィラカスースを蝕み始めた病。 それは確実に彼を死へと誘い、余命すら残り少ないのだと。 あの日の邂逅は、病に侵された彼にとって、奇跡のような日だったのだ。 その事実に青華は胸が痛くなる。 デナンダールにすらおとらない意志の強さを持ち、そして優しかったフィラカスース。 病のせいで、滅多に床を離れることすらできないということは、彼にとってどれだけの苦痛だろう。 「ねぇ、アーリ」 考え事をしていた青華は、ライテッシャの声に彼に視線を戻す。 ライテッシャの表情は相変わらず暗く、固い。 兄に会えるというだけでも、あれだけ嬉しそうに笑っていたライテッシャ。 本当に彼は、兄が好きで、そして心配でたまらないのだろう。 こういう時、何もしてあげることができないという事実に、青華の顔も暗くなる。 「アーリは、フィラカ兄上の病気、治すことはできないの?」 「…え?」 突然の問いに、青華の表情が強張った。 「兄上、ずっと苦しんでいるんだ。…ねぇ、アーリは、《女神の使徒(シャイラーツ)》でしょう?兄上の病気を、治せない…?」 雨に濡れた子犬のような眼差しが、青華を見つめる。 けれど、青華の答えは早かった。 「できないわ」 時を置かず、青華は断言する。 その答えにライテッシャの表情が陰った。 「私は、医者じゃない。その…《女神の使徒(シャイラーツ)》って奴でもない」 青華にできることは、限られていた。 「私には、そんなこと、できない」 ただでさえ不慣れな世界で、やることなすこと、全てが人の倍の時間がかかる中、青華は必死でこの世界に慣れようとした。 元の世界に戻れるか、そんなことを考える暇すらないくらいに。 青華ができることなど、それくらいしかなかった。 ライテッシャとの宝石探しも、ライテッシャのためになんとかしたいと思い、願ったからこそ、なんとかやっていけていたのだ。 今の青華には、それくらいしかできることがなかったから。 「じゃあ、アーリは……一体、何が出来るっていうの?」 ライテッシャの問いに、青華は応えるべき言葉を持たない。 応え、られない。 「《女神の使徒(シャイラーツ)》じゃないなら、アーリは一体、何なの」 ライテッシャの糾弾は続く。 堰を破って、流れ出る濁流のように。 青華を飲み込んでしまうくらいの大きな波となって。 「指輪の宝石も見つけられない、兄上の病気も治す事が出来ない…それなら、アーリは一体何が出来るんだよ?!」 ライテッシャの言葉が、青華の胸に突き刺さった。 この世界で、青華に何が出来るのか。 ―――そんなの、私が聞きたい。 青華は、分からなかった。 此処に自分がいる理由も、何が自分にできるかも。 本当はいっぱいいっぱいなのに、これ以上何ができるというのだ。 こんな自分が、一体何を為せるというのか。 「…何も、できない」 そうだ、何もできない。 青華には、何も。 ライテッシャのために、指輪の宝石を探してあげる事さえできない、ただの虚構の存在だ。 「私は、《女神の使徒(シャイラーツ)》なんてものじゃ、ない」 こんな自分が、《女神の使徒(シャイラーツ)》という存在であるはずなど、なかったのだ。 そんなこと、分かりきっていたのに。 それだけは、分かりきっていたのに。 結局、勘違いしていただけなのだ―――自分は。 「私は、貴方の望む存在になんか、なれやしない!」 青華は、叫ぶ。 もう、全てがどうでもよくなってくる。 ライテッシャのことも、自分のことも。 ましてや、自分がここにいる理由すら。 青華は、そこから逃げ出した。 ライテッシャの顔を見たくなくて。 ―――彼から、逃げ出したくて。 |