23 嘘と真

 夢を見る。

 何もない白い空間。
 ああ、また緑の女だ。
 手を伸ばせば触れることができそうな距離に、彼女がいる。

 また、お前が現れるのか。
 また、お前は私の首を絞めるのか。

《嘘つき》

 女の口が静かに呟く。

《何度嘘を繰り返せば、満足なの?》

 非難の言葉。
 ああ、意味が分からない。
 
 女の顔を見る。
 相変わらず顔がないと思われたそこにあったのは、黒の一対。
 それは悲しそうにこちらを見つめていた。





 嘘つき?
 嘘つきは、あんたじゃないの―――。





「どうすればいいってのよ、もう…」
 次に目覚めたとき、辺りは暗闇に閉ざされていた。とんでもない予言を告げたアランタールが去ってから、どれぐらいの時間が過ぎたのか。
 途方に暮れた青華は埃臭い部屋の中で、膝を抱えていた。なんとなく今が夜だということは分かる。室内は完全に暗闇に閉ざされ、少し寒い。
 どうしてこんなことになったのか、青華にはさっぱり分からない。そもそも、何故自分はこんな所にいるのだろう?
 本当なら、今頃自分は自宅のアパートにいるはずなのに。
 中身があまり入っていない冷蔵庫から、なけなしの食料をあさりながら、テレビをつけてくだらないお笑い番組を見たり、意味もなく寝転んでみたり。そんな毎日を、過ごしていたあの日々。
 あの毎日を退屈だと感じていた青華は、今更ながらその『退屈』がどれだけ幸せだったかを思い知る。それを退屈、と言い切ってしまった自分の愚かさもまた然り。
 何もないことは、それだけで幸せなのかもしれない。
 少なくとも、異世界に飛ばされたり、こうして閉じ込められたりすることよりかは、断然マシだと思う。まして、これから人が死ぬ?そんな非日常、認識すらしたくない。
 暗闇に閉ざされ、外界から遮断された場所で、青華は独りだった。いや、此の世界に来てから、自分はずっと独りだったのか。
 唯一、必要としてくれたライテッシャでさえ、青華を拒絶したのに。
 なら、何故自分は此処にいる?
 此の世界に、自分が喚ばれた理由が分からず、青華は苦悩する。
 誰も自分を必要としないのなら―――此処に青華がいる意味は、ないのに。
 青華が自らの思考にはまりかけていたその時だった。

がしゃんっ。

「何?!」
 思考を遮る異音が、部屋に響き渡った。その音に、青華は顔を上げる。
 この部屋には、青華の他には誰もいないはずだった。それとも、アランタールが戻ってきたのだろうか。だが、他に人の気配は感じない。
 恐る恐る手探りで、暗闇の中を青華は這い進む。途中、見えない蜘蛛の巣や、埃の塊にぶつかったが、あまり意に介せずに青華は周りを探った。少し進んだところで、その指先に何かが触れる。
 注意深く触ると、冷たくざらざらとした感触のものが、いくつか確認できた。その触り心地は、炊事場で触った土瓶に似ている。なぜかは分からないが、部屋にあったそれが割れたのかもしれない。
 そう考えた時、丁度違う感触のものが手に触れた。表面はでこぼことしているが、その凹凸部分を触るとつるつるしている。先程の土瓶の欠片と思われるものとは明らかに違う。
 ずっとこの暗闇にいたせいか、多少は夜目が利いている。大体の形なら分かるはず、と思い、それを慎重に拾い上げると、目の前にそれを掲げた。
 ぼんやりと見えた形は、何かのコインのようだった。丁度五百円玉くらいの大きさだろうか。表面を触ると、何かが彫られているのだと分かった。
「なんだろう、これ…?」
 その正体が分かったからといって、今の状況を好転させるものではないのは確かだ。だが、何故か気になった。その正体を探ろうと、コインを掌に乗せて、輪郭をなぞるように一撫でする。
 しかし、ここで予想もしないことが起きた。そのコインが、突然青い光を発したのだ。
「え?!」
 青い光は、部屋中を照らすほどに強く輝く。あまりの眩しさに、青華はそのコインを放り投げた。金属特有の甲高い音がして、コインが地面を跳ねていく。
 だが、それでも光は止まない。どんどんその光は強くなり、青華は目を開けているのさえつらかった。
 だが、それでもそれを凝視していると―――その光の中に、何かが、見え始めた。それは、人影に見えた。青華は髪の長い、女のようだと思う。だが、それはさして問題ではない。
 女の身体は、青く透き通っていた。確固とした存在としてではなく、揺らいでいるようにも見えるその姿を見て、青華が思ったことといえば、それはただ一つ。
―――――――ゆうれい。ユウレイ。……幽霊!?
「う、嘘ォ?!」
 この世界に来て、幽霊と遭遇するなどとは思わなかった。青華は驚いて、悲鳴に近い叫びを上げる。
すると、その声に気づいたのか、透き通った女の目が見開かれ、その瞳が、青華に向けられる―――

「嫌ぁぁぁぁ、呪われるー!!!」

情けないことに、パニックに陥った青華の頭には、その言葉しか浮かんでこなかった。


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