01 堕ちゆく青い光に

今の状態を言葉にするなら、その一言で事足りる。
今現在、自分はかつてないほど怠惰だった。
なぜなら。
「何もやることがない〜…」
ごろりとベッドに転がったまま、手足をバタつかせてみる。
だが、手足はただ空をきるだけだ。
その行動さえも一時のもので、すぐに手足は力なく投げ出される。
本当に、何かをしようとする気力さえわいてこない。
毎日が無気力で、味気なくてたまらなかった。

何故、こんなことになったのだろう?

それは、今が夏休み、ということも関係していたのだろう。
大学に入って早数ヶ月。
待ちに待った夏休みが訪れた。
別にそれはいい。
だが、期間に問題があった。
高校の時に比べるとおそろしく長いこの夏休み期間。
最初はただうれしかった。

こんなにいっぱい遊べるー、うれしーい、わーい。

純粋に、そう思っていたのだ。
だが。
日が過ぎるごとに、やることがなくなるという事態に陥った。
これは由々しきことだった。
最初は、テレビゲームでもしようかとやってみた。
だが、3日で飽きた。
たまには勉強もいいか、と教科書を開いてみた。
3分でやる気が失せた。
友達と遊ぼうかと思えば、皆いっせいに里帰り。
現在、大学の友達は一人残らず私を置いて帰ってしまっている。
私も里帰りしたいところだが、その『里』に帰っても家が無い。
両親は父の新しい赴任先に既に引っ越してしまい、元々住んでいた家は引き払われてしまった。
両親のいる所に行っても、ただ彼らの小言が聞けるだけだ。
そういうわけで、二人のところに行くつもりは毛頭ない。

だが、そろそろ限界だ。
暇すぎる。
怠惰が私の自我を侵食する。
この際、親の小言を聞いてもいいか…とつい思ってしまう。
それほどに、暇。
暇、暇、暇、暇、暇・・・・・・・。

「だあああああああっ!!なんか刺激がほしいぃぃぃっ!!」
とか、いいつつ口先だけの自分。
ああ、なんかとてつもなく空しい。
ベッドの上で寝返りを打ちながら、天井を見つめる。
染み一つ無い真っ白な天井。
数ヶ月前に立てられたばかりのこのマンションの壁には、これといった汚れは存在しなかった。
まるで今の自分のように、白くて何もない。
今思うと、高校のころの方がよほど充実していたように思える。
受験のために、日々勉強、勉強…。
あの時はつらくて、毎日が地獄だった。
だが、それでも毎日が充実していた。
あの時には明確な目的があり、それに向かって努力していた。
でも、今はそれがない。
何をしなければならない、何をしなくてはならない。
その明確な何かが、存在しない。
その明確な何かがないために、自分の心にはぽっかりと穴が開いてしまっている。この心の穴を埋めるために、何をすればいいのかさえわからない。
ただ、毎日を怠惰と過ごしている――――

……ぐぅ。

…突然、腹の虫が鳴いた。
「…お腹、空いたな…」
人は生きているだけでエネルギーを消費する。
お腹が空くのは当たり前のことだ。
それが自然の摂理。

何もしなくたって、お腹は空く。
何もしなくたって、のどは渇く。

なんだか、それがとても虚しいことのように思えてくる。
何もすることがなく、ただ無為に毎日を過ごしている自分がとてつもなく虚しくてたまらない。
何かが、足りない。
何かが、自分にとって大切な何かが――――

だが、思考を回転させても今まで考え続けてきたその難解に、答えを出せるわけもない。

とりあえず、何か食べよう。

腹が減っては戦はできぬ、というように、お腹が空いていては体に力が入らないし、頭も働かない。
確か、卵と賞味期限ぎりぎりのベーコンがあったはずだ。
ベーコンとオムレツでも焼こう。
飲み物は…久しぶりにコーヒーでも飲もうか。
どうせ暇だし、奥にしまっているコーヒーメーカーで淹れるのも悪くない。

そう、時間はあるのだ。
それこそ笑ってしまうぐらいに、長い時間が。
そう思ってのそのそと起き上がろうとした時だった。

がくんっ。

妙な、感覚が体を襲う。
起き上がろうとしてベッドについた手に、真っ先に感じた妙な浮遊感。
最初は、ベッドのスプリングでも壊れたのかと思った。
だが、次の瞬間、その浮遊感は体全体を襲った。

眩暈か――――否、違う!
これは――――!

体が、墜ちていく。
どこか、底知れなく深い穴の中へ。
墜ちていく――――

必死で何かを掴もうとした。
けれど、そこに在ったはずのベッドもシーツも、何一つ掴めない。
何もつかめないまま、ただ暗い闇だけが墜ちていく身体を飲み込もうとその口を開いていた。
視界までもが闇に侵食され、暗くなっていく―――

闇の中に飲み込まれる瞬間、ただ青い光を見たような気がした。

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