□卑怯者になれなかった娘 大切な者を守れなかった男□


静かだった。
白を基調にして整えられたその広間には、目の前の少年と私しかいない。

「…考えは、変わりませんか」

彼が悲しそうに私を見る。
それを見て私は微笑みながら、内心想うのだ。

「ああ。私の意思は変わらない」

この少年は優しすぎる。
一国を…後にこの領土を治めることになる王になるにしては優しすぎる。
その優しさは、いずれ崩壊を招く一因になるだろう。
だが、それでは意味が無い。

「生を甘んじて享受するつもりなどない。即刻この首を刎ね、門前に晒すがよい。それで、貴方はこの国の『王』となる」

そう、この国の『王』となるのならば、それでは困るのだ。
王は、時に残酷でなければならない。
そうでなければ、どこかで間違う。
切り捨てなければならないものを切り捨てることを躊躇えば、必ずどこかで報復を受ける。
そして、今の彼にとって切り捨てなければなら無いものは、紛れも無い私。

「けれど、あの人はどうするのです!?貴女を愛し、救おうとしていた彼の、ことは…!」

『彼』。
少年の言葉に、私の心が激しい波紋を立てた。

「…あやつのことは、もう関係ない。私は、既に選択してしまったのだから」

嘘。
顔に精一杯の微笑を貼り付けて、その動揺を塗りつぶす。
今まさに脳裏に浮かぶのは、忘れようとしても忘れ得ない、優しい青い髪の青年。
彼を想うと、胸がどうしようもなく苦しくて、息切れを起こす。

「まだ、選択しなおすことは出来る!私は、そのために…」

「くどい!」

目の前の少年の叫びに対し、一喝する。
そうでもしなければ、きっとこれ以上耐えられないだろうから。
あの男と共に過ごした、優しい時間に縋りたくなってしまう。

「私は既に選択したのだ!私は『王』として…ここで朽ちると決めた!」

本当は、生きたかった。
あの男と共に逃げ…そして幸せになりたかった。
でも、それだけは許されなかった。
何よりも、自分で自分が許せなくなる。

だからこそ、彼との約束を破ってまで…ここにいる。

「さあ、私を殺せ。…それがお前の、為すべきことだ」

こちらを見る少年の目は、涙で濡れていた。
見ているこちらがつらくなるほどに、悲痛なその様。

けれど、それでいいのだ。

これで、私は―――




剣が、私の胸を貫く。
溢れる紅い血。
力を失っていく四肢。
見えなくなるその視界。


「…最後に、伝言を。あいつに、約束を…破って、すまなかったと…」





それが、私の、最後の言葉。












そこへ自分が辿りついた時、既に事は終わっていた。

静かに涙を流す少年の膝の上で、彼女は眠っていた。
深紅の花弁をその胸に抱き、ただ、静かに。

「…彼女からの、伝言です。約束を、破って…すまなかったと…」

少年が、その手に彼女を抱いて立ち上がる。
そして、自分の側へとゆっくりと歩み寄った。

「すみ…ません。私では…彼女を、止められなかった…!」

彼からゆっくりと手渡された彼女は冷たかった。
その眼も、もう二度と自分を映すことは無い。
ただ、ここにあるのは…命を失った亡骸だけだ。

「…お前のせいではない」

涙を流す目の前の少年に、ただ一言告げる。
これは、彼女が選択したこと。


自分との約束を破り、自分を裏切ってまで果たした、彼女の選択。

「…馬鹿な女だ。お前は…」

本当に、なんて愚かな。

「何故……そんな不器用な生き方しかできなかったんだ…」



そう呟いて、彼女を抱いた男は亡骸と共に姿を消した。









民に圧政を強いた先代の王亡き後、古き帝国は彼の娘を女帝として戴いた。
しかし、民に圧政を強いていたが故に国力の疲弊していた帝国は、近隣の新興国に滅ぼされることになる。
帝国の最後の女帝は新興国の王の手によって殺されたと、後には伝えられている。

しかしその後、女帝の亡骸を見た者は、誰もいない……。



この話も結構昔から構想している話の一つです。
青い髪の青年と赤い髪の娘の物語。
けど、実はこいつらが主人公の話ではないという(ぇ)
本当の主人公ズは青い髪の青年の妹と、その妹の想い人である魔術師です。
ですが、基本この4人で色々やらかしてます。
ただ、最後の結末は赤い髪の娘が帝国の王女だと判明して、その運命に殉じてしまいます。
これが、いつもつるんでいた4人の決定的な決裂となります。

この決裂が後々ある物語において影響を与えていくことになりますが・・・って、二人の神子と騎士の話と展開同じやん!(汗)
い、いつか日の目を見せます、多分(オイ)

ちなみに今回彼女を殺した新興国の王である少年は、以前その4人組に世話になったことがあるという設定になってます。
結果的に恩人を殺してしまった彼ですが、その後は彼女の死を乗り越えて良き王になったと伝えられています。

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