06 告げられた禁忌

「はぁっ!」
サクリーフは大きな掛け声と共にそれを一刀両断した。
からん、と音を立てて、それは地に落ちる。
「うわー、よくやるな、あいつ…」
それを見ていた赤毛の青年は、目の前の出来事に感嘆の声を上げた。
それに対し、傍らに居た魔術師の少年が口を開いた。
「ですね〜。一撃で巨人型の大剣を一刀両断ですか。ゲオルド様でもなかなか難しいですよ…っと」
話していた少年は何かに気付き、一歩後ろに飛び退いた。
その直後に、彼が直前にいた場所に斬撃が振り下ろされる。
間一髪だった。
「あ〜、もう、めんどくさいなぁ…!」
少年はそう言って、斬撃を振り下ろした相手―――魔物に対し、自らの杖を振りかざした。
杖の先端に存在する装飾を施された水晶球が、赤い燐光を発する。
「燃え尽きろ!円舞せし炎の蓮華《アグレイル・ヴィラド》!」br> 少年を中心に、『炎の華』が開花する。
炎が、まるで花弁のように花開き、周りの魔物たちに覆いかぶさっていく。
炎に焼かれ、悶える魔物たちの断末魔が、辺りに響き渡った。
「うげっ、フェディもよくやるよなぁ…。こりゃ、オレも気は抜いてられないなっと」
赤毛の青年もそう言って、その手にある自分の獲物を握り締め、魔物の大群へと突っ込んだ。
「切り裂けっ!」
そして、その自らの獲物――数個の戦輪(チャクラム)を一斉に放った。
戦輪は空を切りながら、魔物の大群へと向かう。
そしてその刹那、魔物達を一瞬で切り刻んでいく。
断末魔が、再度響き渡った。
「うーむ、まあまあってとこか…サクリーフ!さっさと片をつけろや!」
自らの獲物の切れ味に満足しつつ、赤毛の青年はサクリーフに野次を飛ばした。
「分かっている!そう急かすな、ラギエル!」
その当のサクリーフは巨人型の魔物に手間取っていた。
剣を折ったまではよかったのだが、巨人型の魔物が真に得意とするのは肉弾戦だ。
その馬鹿でかい拳で殴られたらひとたまりもない。
剣の力は負けるつもりなどないが、正直あの拳を肉体に受けて無事でいる自信はあまり無い。
「くそっ…!」
振り下ろされた拳を間一髪で避けながら、距離を詰める。
そして、拳を振り下ろした一瞬の隙をついて反撃に出る。
地を蹴り、剣を空に走らせた。そして、頭に狙いを定め、剣を振り下ろす―――

「ぐぎゃああああっっ!」

「しまった…!」
狙いを定めた場所を大きく外してしまった。
魔物が体を仰け反らせたてしまい、剣は魔物の左目を突いただけに終わったのだ。
目に走った激痛のためか、魔物は絶叫を上げている。
だが、これでさらに性質が悪くなった。
巨人型の魔物が、痛みのために暴走してしまったら、相当にやばい。
手に負えなくなる。
(暴走する前に、倒さなければ―――!)
そう思い、サクリーフは剣を構え直そうとした。
だが、魔物の方が一瞬早かった。
かろうじて残った右目はサクリーフを確実に捕らえ、憎悪を浮かべている。
壮絶な一撃を持った拳が、サクリーフめがけて振り下ろされる―――!

(間に合わない!)

耳障りな音が、辺りに響いた。

「何やってるの。サクリーフ」

そして響く、少女の声。
反射的に瞑ってしまった瞳を、ゆっくりと開ける。
目の前にいたのは、黒衣の少女、セナ。
そして、片腕を切られ、悶える魔物。
「まったく、油断しすぎだって。巨人は下手に傷つけると暴走して手に負えなくなるんだから、殺るなら一撃で殺さなきゃ」
そういって、セナは一対の剣を構えなおし、巨人型の魔物に突っ込む。

―――その刹那。

セナの姿が、消える。
「…!」
サクリーフが息を呑んだ瞬間、それは起こった。
どこから放たれるかわからない、無数の斬撃。
幾十、幾百、幾千の、斬撃。
巨人の体をまるでボロ屑のように切り刻む、それ。
それなのに、その剣を振るう者の姿は見えない。
まさに、神速の如きスピードで振るわれる、剣。
断じて、一介の少女のできることではない。

「まったく、あの子の強さは、何なんだか…」
セナは、強い。
警備隊の中でも、一、二を争う強さだ。
まだ、十五歳の少女で、警備隊の中でも最年少なのに。
それなのに、誰よりも強い。
手にした一対の双剣は、全てを切り刻み、薙ぎ払う。
何もかもを、破壊する。
ため息に似た吐息を漏らし、サクリーフは構えた剣を下ろした。
確認するまでもない。
あの魔物は、確実に絶命した。
あの少女に掛かってしまえば、魔物の中でも性質が悪い巨人型でも、赤子のようなものだ。
「…終わりっ!」
セナの声が聞こえて、サクリーフは絶命した魔物の側にやっとセナの姿を見つけた。
魔物の骸の周りにはおびただしい量の血が流れているというのに、纏ったその黒衣には一点の血もついてはいない。
「セナ。すまない、助かった。…大丈夫か?」
サクリーフが声を掛けると、セナは後ろを振り返った。
そして、サクリーフの姿を見つけて、彼女は破顔する。
「うん、大丈夫だよ!サクリーフも、ケガはない?」
その顔に浮かぶのは、天使の如き笑顔。
年頃の少女にふさわしい、曇りの無い笑顔。
「ああ。セナのおかげでなんともないよ」
セナは、「よかった」といってまた笑った。

そんなセナを見てサクリーフは考える。
本当にあの魔物を倒したのはこの少女なのか、と。
純粋な曇りない笑顔で笑うこの少女は、本当にあの時魔物を切り刻んだ少女なのか、と。
冷酷な目をした鬼神の如き、あの少女なのか、と。
サクリーフは自問し続ける。


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