こんなものは、夢だ。 そう、夢に、決まっている。 落ちて行く。 深淵。暗い海原。心の奥底。 見上げれば、そこもまた暗い空。見果てぬ天上。 ―――ああ、どこへ落ちていくの。 青華は、落ちていた。 どこかわからない、暗闇の底に。 闇がその口を大きく開けて、青華を迎え入れる。 それを見て、青華は大きく喉を震わせようとした。 だが、悲鳴は出ない。 悲鳴も助けを求める声もその口からは紡がれない。 それならばと、手足を動かし、もがこうとした。 だが、動かない。 手足はまるで木偶になったかのように固く、動かせられない。 それなのに、目だけはしっかりと見開かれている。 閉じようとしても、手足と同じだ。 閉じることはできない―――許されない。 もがく事も叫ぶことも、この現実を拒絶することも許されない。 落ちて行く感覚と、閉じることのできない眼に映る暗闇だけが全て。 なぜ、わたしはこんなところにいるの。 青華は自問する。 ろくに考えも回らない頭で、必死に思考を巡らせる。 王宮の一角。 意見の相違。 望まぬ衝突。 一方的な別離。 不可思議な遭遇。 理解できぬ憤怒。 覚醒、そして―――消失。 先程の出来事が音と画になって、再生される。 時系列ごとに反芻し、解を得ようとしても見つからない。 ―――此処に来る前の記憶が繋がらない。結局分からない。 出た答えは、情けないもの。 何の解決策にもならない。 そして、彼女は最奥へと墜落する。 少しの衝撃。 痛みはなかった。 落下したその場所は、やはり暗かった。 「ここ、は」 辺りを見渡そうとしたところ、先ほどまでまったく動かせなかった身体が反応した。 ―――口から、声が出る。 それに気付き、腕を持ち上げてみる。 少し重いと感じたものの、なんとか力を入れることができそうだった。 そして、ようやく力を入れることを許された腕を頼りに、青華は仰向けの状態から体を起こす。 「一体、どうなって……」 上体を起こし、辺りを見渡したときだった。 青華は、自らの視線の先に、人影を捉える。 辺りが暗いせいか、その輪郭はおぼろげにしか分からない。 だが、その影は間違いなく、人だった。 誰かがここにいる! その事実が、青華に幾許かの安心感を与えた。 相変わらず重い身体に力をいれ、立ち上がる。 此処はどこなのか、何故私はこんな所にいるのか。 抱えた疑問を、その人影に問おうと彼女はその影に駆け寄っていく。 近づくほどにはっきりする輪郭。 丸みを帯びた身体。 女性のようだった。 また一歩近づく。 その人物は、緑の服を纏っていることもわかった。 淡いエメラルドグリーン。 服は裾が長いシンプルな形のドレスだった。 もう手が届きそう。 肩で切り揃えられた髪。 少し焦げた茶色。 「すみません―――」 そして、声をかける。 女がゆっくりと振り向く。 何から聞こう―――そう思いながら、女を見つめた青華は次の瞬間、息を呑んだ。 ―――その女には、顔が無かった。 「なっ……!」 顔の無い女。 先ほどまで抱いていた問いが、一気に脳裏から吹っ飛ぶ。 変わりに青華の中で生まれたのは、本能的な恐怖。 目の前の、未知の存在に対する恐れだけが青華を支配する。 顔の無い女が、その白い手をこちらへ伸ばした。 「いや!」 青華は身を後ろへ引こうとしたが、無駄だった。 女の手が青華の手に触れる。 その瞬間、青華の中である光景がフラッシュバックした。 |