20 嘘と真

 こんなものは、夢だ。
 そう、夢に、決まっている。




 落ちて行く。
 深淵。暗い海原。心の奥底。
 見上げれば、そこもまた暗い空。見果てぬ天上。

―――ああ、どこへ落ちていくの。

 青華は、落ちていた。
 どこかわからない、暗闇の底に。
 
 闇がその口を大きく開けて、青華を迎え入れる。
 それを見て、青華は大きく喉を震わせようとした。
 だが、悲鳴は出ない。
 悲鳴も助けを求める声もその口からは紡がれない。
 それならばと、手足を動かし、もがこうとした。
 だが、動かない。
 手足はまるで木偶になったかのように固く、動かせられない。
 それなのに、目だけはしっかりと見開かれている。
 閉じようとしても、手足と同じだ。
 閉じることはできない―――許されない。

 もがく事も叫ぶことも、この現実を拒絶することも許されない。
 落ちて行く感覚と、閉じることのできない眼に映る暗闇だけが全て。

 なぜ、わたしはこんなところにいるの。

 青華は自問する。
 ろくに考えも回らない頭で、必死に思考を巡らせる。

 王宮の一角。
 意見の相違。
 望まぬ衝突。
 一方的な別離。
 不可思議な遭遇。
 理解できぬ憤怒。
 覚醒、そして―――消失。

 先程の出来事が音と画になって、再生される。
 時系列ごとに反芻し、解を得ようとしても見つからない。

―――此処に来る前の記憶が繋がらない。結局分からない。

 出た答えは、情けないもの。
 何の解決策にもならない。

 そして、彼女は最奥へと墜落する。
 少しの衝撃。
 痛みはなかった。





 落下したその場所は、やはり暗かった。
「ここ、は」
 辺りを見渡そうとしたところ、先ほどまでまったく動かせなかった身体が反応した。
 ―――口から、声が出る。
 それに気付き、腕を持ち上げてみる。
 少し重いと感じたものの、なんとか力を入れることができそうだった。
 そして、ようやく力を入れることを許された腕を頼りに、青華は仰向けの状態から体を起こす。
「一体、どうなって……」
 上体を起こし、辺りを見渡したときだった。
 青華は、自らの視線の先に、人影を捉える。
 辺りが暗いせいか、その輪郭はおぼろげにしか分からない。
 だが、その影は間違いなく、人だった。

 誰かがここにいる!

 その事実が、青華に幾許かの安心感を与えた。
 相変わらず重い身体に力をいれ、立ち上がる。
 此処はどこなのか、何故私はこんな所にいるのか。
 抱えた疑問を、その人影に問おうと彼女はその影に駆け寄っていく。

 近づくほどにはっきりする輪郭。
 丸みを帯びた身体。
 女性のようだった。

 また一歩近づく。
 その人物は、緑の服を纏っていることもわかった。
 淡いエメラルドグリーン。
 服は裾が長いシンプルな形のドレスだった。

 もう手が届きそう。
 肩で切り揃えられた髪。
 少し焦げた茶色。

「すみません―――」

 そして、声をかける。
 女がゆっくりと振り向く。
 何から聞こう―――そう思いながら、女を見つめた青華は次の瞬間、息を呑んだ。

―――その女には、顔が無かった。

「なっ……!」

 顔の無い女。
 先ほどまで抱いていた問いが、一気に脳裏から吹っ飛ぶ。
 変わりに青華の中で生まれたのは、本能的な恐怖。
 目の前の、未知の存在に対する恐れだけが青華を支配する。
 顔の無い女が、その白い手をこちらへ伸ばした。
「いや!」
 青華は身を後ろへ引こうとしたが、無駄だった。
 女の手が青華の手に触れる。

 その瞬間、青華の中である光景がフラッシュバックした。


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