01 騎士の憂鬱

「あ〜あ、どうしてこうまで不幸かな、俺…」

街道に、白銀の甲冑を身に着けた騎士が、一人。
彼は盛大にため息をついた。
彼がため息をついたのは、とある騎士が原因だった。

貴族であることを鼻にかけ、平民を見下していた同期の騎士。
実際、彼は大した爵位を持つ家の次男坊だったらしく、同じ貴族で構成された徒党の中でもリーダー的存在だった。
そして、彼は事あるごとに、平民出身の同期達に嫌がらせをすることでも有名だった。
中でも最も酷いのは、『訓練』と称した、他の同期や後輩への暴行。
そして、自分はその現場を偶然目撃し、殴られている同期を助けるために、彼を殴り飛ばした―――

しかし、それが問題になった。
平民である自分が、貴族である彼を殴ったということで、彼の父親が出てきたのだ。
相手の権力と、平民出身だった自分の身分が仇となり、状況証拠は揃っていたにも関わらず、事実は捻じ曲げられた。
結果、自分に全ての罪が降りかかった―――

小さい頃から、騎士道精神に溢れた誠実な騎士に憧れを抱いてきた。
自分も彼らのように、こうありたいという理想を持ち、鍛錬を重ね、勉学に身を励んできた。
それはもう並ならぬ努力をしてきた。
そして、貴族であってもなかなか実現できない、国において騎士の中の騎士ともいえる『聖騎士』叙任までこぎつけた。
これからは、輝かしい未来が待っていた―――はずなのに。

大した実力もなく威張っているだけの貴族の同期を一発殴っただけで、王都から辺境へ左遷。
辞令を渡してきた上司が最後に呟いたのは、「聖騎士の位を剥奪されるよかましだろ」という哀れみの言葉。

「…畜生!なんで俺がこんな目にあわなくちゃならねーんだああああ!」

そうして、彼以外誰もいない街道で、聖騎士サクリーフはぶつけようのない怒りをぶちまけたのだった。




「…今日だっけ?新しい人が来るの?」
一人の少女が書類をチェックしながら、傍らにいる青年へと問いかけた。
「ああ…。そういや、そうだったな」
傍らにいる青年は、さしてそれを気にも留めずに書類を片付けていった。
処理済みの書類が、彼の横に詰まれていく。
「どういう人が来る予定なの?私、詳しいこと知らないんだけど」
そう言って、少女は全ての書類を処理し終えたのか、ペンを置いた。
彼女は席を立ち上がり、窓の外に視線を移す。
窓の外は、いつもどおり、穏やかな海が広がっていた。
「中央からの連絡では…確か聖騎士だったな。まだ若いって話だ」
青年もまたチェックを終えたのか、ペンを置き、背伸びをした。
肩が相当凝っていたのだろう。
ボキボキと、耳障りな音が数回響いた。

「…聖騎士?こんな田舎に?」
青年の答えが不可解だったのだろう。
少女が怪訝そうな顔で、青年に向き直る。
それに、青年は笑って答えを返した。
「多分、中央でなんかやらかしたんだろ?じゃなきゃ、こんな田舎に御偉い聖騎士様が来るわけない」
聖騎士は、男ならどんな者でも一度は憧れる職業だ。
その称号は、この国シャグナ・ローデの中でも『騎士の中の騎士』と呼ばれる者達に、大神殿から送られる位である。
聖騎士になるには、その実力はもとより、人格や今までの功績等、細かい審査項目を全てパスしなければならない。
国に仕える騎士の中でも、聖騎士の位を得るものは少ない。
だが、厳しい審査を潜り抜け、その位を賜ることはこの国で最高の名誉とも言われる。
神殿から賜るその位は、神に仕える騎士として認められた証だからだ。
国とその王族、そして神。
その三者に仕えることを許された騎士―――それが『聖騎士』。

その位は、一般の雑兵とは比べ物にならない。
もちろん、こんな田舎の街の警備隊なんかとは格違いと言ってもいいくらいだ。
それなのに、その田舎に聖騎士が来るという。

少女はそれを聞いて、楽しそうに笑った。
「なんだか、おもしろいことになりそうだね」
「そうだな」
それに青年も同意し、笑い返す。
書類の処理も終わりに近づき、彼がペンを置こうとした―――その時だった。

大きな音を立てて、部屋の扉が乱暴に開かれた。
少女と青年は、その音に驚き、扉へと目を向ける。

そして、二人の視界に、一人の女性が写る。

「二人とも!通報よ。酒場で乱闘が発生したわ」

彼女は開口一番に、そう言い放った。
その言葉に、少女と青年、二人の顔が同時に歪む。
「ちょっと待って。今、『酒場』って言った?」
「まさか」
その言葉に、二人の顔を青ざめていく。
だが、それは女性のほうも同じだったらしい。
「そのまさかよ。さっさと行かないとまた、始末書の山とご対面よ」
女性のほうもうんざりしたように、ため息をついた。
だが、二人の衝撃ははその比ではない。

「畜生!っていうか、あいつ今日非番だったのかよ!」
「そういえば今日の配当表に入ってなかったの忘れてた……!い、行ってきます!」

そして二人は、青ざめた顔のまま、現場へと向かったのだった。


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