10 傷痕に残された意味

夢を見る。
遠い昔の夢を。

殺した。
奴らが殺したのだ。
あの優しい人達を。
自分に対し、初めて優しくしてくれた、彼らを。

「許さない…!」

奴らに対する怒りと、彼らを守りきれなかった自分に対しての怒り。
湧き上がる感情という名の奔流。
ただ、くやしかった。

そこは、小さな村だった。 地図に載っているかさえ定かではないほどに、小さな村だった。
けれど、飢えと渇きに喘ぎ、苦しみながら彷徨っていた自分を、彼らは受け入れてくれた。

誰かが、水を飲み込む力さえなくしていた自分の唇を湿らせてくれた。
誰かが、傷だらけの自分の身体に包帯を巻いてくれた。
誰かが、高熱を出した自分にずっと付きっ切りで看病してくれた。

彼らは、自分が今まで出会った誰よりも、優しかったのだ。

「許さない…!」

それを、殺したのは黒い悪魔達。
人を殺し、奪うことを好む、異形の輩。
自分が最も嫌い、憎んでいる、『魔族』という輩。
『破壊』に連なる神々によって作られた、本来この世界に存在してはいけなかったもの。

「滅ぼしてやる…!」

本来存在してはいけなかったのなら、何故今ここに奴らが存在できるのか。
何故、何の罪もない村人達が命を奪われなくてはならなかったのか。
分からない。 でも、今、この身に宿るのは、奴らに対する憎悪のほかないかった。
大切だった者達を奪われ、もう何もない自分にとって、それだけが、生きる理由になる。

奴らに滅びを。
奴らに嘆きを。

それだけが、生きる理由になるはずだったのだ。

「それだけでは虚しいよ、少年」

寂しげな声が、後ろから聞こえた。
その声に驚き、自分は後ろを振り向いた。
「滅ぼすだけでは、何も変わらない。ただ虚しさが残るだけだ」
そこにいたのは、深緑のフードを被った男。
「確かに、君には奴らを『滅ぼせる』だけの『力』がある」
男は、壊れた家屋の瓦礫の上を歩き、自分に近づいてきた。
「けれど、それで奴らを殺しても、君は救われないし、ここで死んだ人々が生き返るわけでもない」
言い聞かせるような声が、妙に気に障った。
「なら、どうすればいいんだよっ!?」
男が言っていることは、奴らを殺しても何の意味もないと言っているのと同じだった。
納得できない。
今まさに生きる理由を彼は見つけたのに、それをすぐに彼によって壊されてしまう。
そのことが、許せなかった。
「もう、僕には何もないんだ!もう、それ以外に生きる理由が見つからない!」
憎悪しかない自分に、他の何を見出せというのか。
もう、自分は決めてしまったのだ。
憎悪以外の理由なしには、もう前に進めない。
理由なくして、もう、自分は、生きることができない。
それなのに、この男は。
「なら、他の『理由』をあげよう。君の生きる理由を。その憎悪の果ての、対極にある答えを…君が、自分自身を見つけるための、道を」
そういって、自分に笑いかけたのだ。
それは、この村の人たちと同じくらい、暖かなもので。
優しくて。
「君が復讐に生きることなど、誰も望んではいないよ。きっと、君の両親も、この村の人々とて、それを望みはしない。そして、私もね」
男が、自分の頬に手を触れた。
暖かかった。
それは、人の温もりだった。
自分が求めて止まなかったものが、そこにあった。
「遅くなって悪かったね。…私は、君を迎えに来たんだ、サクリーフ」
そういって、男は再び自分に笑いかけた。



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